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小説目次
傷
机の上に付けられた傷を、指でなぞっていた。
まるで数を数えるかのように自分の机に付けられた傷は六本もあったが、自分がつけた覚えは無い。
誰かに付けられたのだろうか。だが、それをする理由もわからない。
そんなことを考えながら何度もその傷をさすっていると、ばん、と突然机を叩かれた。
「最近、返事が来ないの」
目の前に来た友人に突然そんなことを言われて、一瞬だけ戸惑う。
「そんな、休み明けの開口一番に彼氏との不仲を打ち明けられても、即座に答えられるボキャブラリーは無いんだが」
「それがボキャブラリーの問題なのかはともかく、彼氏の話じゃないし、いないし」
言いながら目の前の席に腰を下ろしたユーコは、そうじゃなくて、と言いながら私の目の前にケータイを押し出した。
「何」
「見てよ」
「プライバシーの侵害だ」
「あんたが言うことじゃないでしょ」
さっくりと突っ込まれて、それもそうだと頷き、ケータイを受け取る。
開かれていたのは、メール画面。
その中のサチというフォルダに振り分けられているのは、ほぼ毎日のように、マジであんたら恋人かよ、と突っ込みたくなるような量の通信記録だ。
毎日毎日、よくもまあ飽きずに喋るものだ、と思うぐらいの記録。
「ラブラブだね」
「そんなこたぁ、知っている」
「よかったじゃないか」
「違う、私が言いたいのは日付だ日付」
「日付?」
思わず聞き返しながら確認して、おや、と思わず声を漏らした。
ほぼ毎日交わされていた会話が、ある日を境に一方的な通信……ユーコからサチさんに対する一方的なメールに終わっていて、返事が来ていない。
「振られたのか……かわいそうに」
「そういうこと言わないでくれるっ!?」
思わず呟くと、半ば叫ぶようにユーコが言い返してくるので、軽く笑う。
「じゃなくてー、何で返事がこないのかってことっ! メール見ても、理由がわかんないのよね」
「鈍いからね」
「……いい加減怒るよ?」
「冗談じゃないか」
肩をすくめながら答えて、再びメールの内容をチェックする。
先ほどはからかったが、ユーコがそういうのも仕方のないことのように思われた。私が見ても、サチさんの返信の切れ方はおかしい。不自然だ。
サチさんは大体において、その後返信が出来なくなる場合、そうと宣言していた。たまに忘れてることはあっても、その後しばらくしてから、ちゃんと理由を述べ謝って、通信を再開させている。
それが、明らかに会話の途中で、断りもなく途切れているのだ。
しかも、いつもなら次の日には返信が来ていたのに、一週間以上音沙汰がない。
「うん、確かに変だね」
「でしょっ? だから、その原因知りたいなって思って」
「……メールだけで分かるほどの能力は、残念だけど持ち合わせてないな」
苦笑しながら答えると、それは知ってるよ、とむっとした表情で答えられた。
それもそうか。
「そんなことは期待してないよ。ただ、ほら、チーちゃんも……誰だっけ、メールしてたじゃん」
「ああ、ユカリのことか。そういえば、返事が来てないな」
ユーコに言われて、はじめてその事実に気が付いた。
改めて、ケータイを確認する。
うん、来てない。一週間ぐらいか。
「やっぱり何かあったんだよぉ。他の友達も、パートナーと連絡が取れなくなったって」
「……全員?」
「そ、私の知る限り、みーんな」
となると、不思議だ。
パートナーとは、この世界に住む誰もが持っている、ケータイの通信相手だ。この世界に生まれた瞬間に与えられるこのケータイは、いつも皆が使っている携帯電話とは別のもので、そのパートナーとの通信のみに使われる。
そして、そのパートナーがこの世界ではなくどこか、共通の別の世界にいるというのも、常識だった。会おうとしても会えないから、私は正直、このケータイによる繋がりしかなかった時には、パートナーが本当に存在するのか疑っていたものだが。
「ね、気になるでしょ、何があったのか」
「まあ、気になるね」
答えながら、ユーコにとっても、サチは遠い存在なのかと思った。彼女の反応は、友人の安否を気にするものではなく、ただ、ミステリー映画の謎解きを期待するような、そんなものだった。
画面越しに繋がっているだけでは、まあ当然、現実味はないのだろう。
久々に取り出したケータイで、過去の記録を確認する。
そういえば、面白いものがあったはずだが。
「というわけで、その理由を知りたいと思ってるの。知りたいよね。知りたくないわけないよね、チー?」
「……まあ、ちょっと待ちなさい」
呆れながら言って、目の前に接続画面を開く。
接続画面は、この世界自体と接続できる特殊ツールだ。
普通なら、私たちは持てないはずなのだけれど、ユカリが様々な問題を課し私のスキルを上げてくれたお陰で、このツールを得ることができた。
パートナーとは、メールによる通信をおこなうのみの存在ではない。向こうから様々なことを教えてくれる、特殊存在なのだ。
「うへぇ、接続ツール? 通りで、ここしばらく必死で勉強していたと思ったら……」
「接続可能者は、ここ一ヶ月で急激に増えたんだよ。びっくりするぐらい、皆、必死でスキル上げをした」
言いながら、接続の履歴を目の前に引っ張り出す。
世界への接続は、両方の世界から可能だ。
ユカリは、接続者だった。そして、その知識を私に与えたのだ。
「一週間前から、向こうの世界からの接続が一切ないね。こりゃ異常だ」
「……そんなに異常なの?」
「普通、向こうからの接続は一時間に一回以上の割合であるよ。全世界的に、ね」
言いながら、私たちの中間に当たる部分の情報を一部組み換え、新しい画面を目の前に作る。
そこに、前にユカリが送ってきたファイルを突っ込み、再生。
目の前の画面に、見たことの無い人が映った。
鼻がツンと上向いていて、目がちょっと離れ気味で全体としてアンバランスな雰囲気を醸し出す……私たちの世界では、到底ありえない顔をした女性だ。
「……何、これ」
「ユカリだな。二週間ぐらい前に、送ってきた奴だ」
「何で、今まで見なかったの……」
「面倒だったから」
「おいおい」
「ん、何か喋るな」
ユーコから、画面に視線を戻す。
がっと画面に砂が入ったと思ったら、映像に移る女性が喋りだした。
――はじめまして、チサト。そしてユウコ。貴方がこの映像を再生するとしたら、ユウコがきっかけでしょうから。私がユカリ。チサトのオリジナルよ。
「……オリジナル」
思わず呟くが、ユカリはそれに気付いていないかのように……いやまあ、記録映像だから当然なんだろうけれども、言葉を続けた。
――この記録を再生したってことは、私やサチ、他のパートナーから返事がなくなったってこと。そして、それを疑問に思った貴方が、この記録のことを思い出したってことでしょう。
だから私はまず、その原因を告げることにするわ。
第三次世界大戦。
貴方達には分からないかもしれないけど、私たちの世界では、戦争があるの。いわば、国同士の大きな喧嘩……ああ、国の概念もなかったんだっけ。貴方達が持っていない概念を説明するのは難しいけど、世界規模の喧嘩だと思ってくれればいい。
「そりゃ大変そうだね」
「大変、ですむレベルなのか……?」
「だって、人数が多かったら一々謝るの大変じゃない」
「それもそうか」
ユーコの言葉に軽く頷く。確かに、相手が一人ならその場で謝ればすむけれど、大人数になってしまうとそうはいかない。
そもそも「国」が何かは良く分からないが、人が集まって出来たグループみたいなものなのだろう。
――この戦争は、多分もう、止まらない。核が発射されて人間が滅びるのも、時間の問題だわ。
だから、私は貴方にメッセージを送ることにしたの。メッセージ自体は保護してあるから消えないでしょうけど、貴方達の記憶からは、すぐに抹消されてしまうはず。
それでもいい。私は貴方に、真実を伝える。
それが私の自己満足だとしても、これを告げずに死ぬことは、貴方の親友として、心苦しいから。
「……真実、ねぇ」
――さっき、貴方は「オリジナル」という言葉に疑問を覚えたはず。そしてもしかしたら、もう分かっているかもしれない。
そうよ、チサト。貴方は私の、そしてユウコはサチエのアバター。データ上にコピーされた、もう一つの人格。貴方なら、その意味も分かるわよね。
「……ふむ。超展開だね」
「いや、意味が分からないんだけど……」
深刻そうに告げられた言葉に一つ頷くと、ユーコが不思議そうに首をひねった。
――貴方を作ったのはもう二十年も前。
あの時の私はまだ中学生で、サチエと一緒に、少しお姉さんになった自分たちを作ろうって言い合ったの。バラバラの場所からログインさせたのに、現実の私たちみたいに仲良くなって……本当に嬉しくて、二人で手を取り合って喜んだのを覚えてる。若かったなぁ……。
「……若い、って?」
「さぁ」
聞いたユーコに肩をすくめて答え、再び視線を画面に戻す。
遠くを見る様子だったユカリがこちらに向き直り、わからないでしょうけど、と言葉を続ける。
――貴方達がこの映像を見ている今、私は死んでいるわ。そして多分、他の人も、どの生物もね。
「死ぬ」っていうのは、まあ、消滅することって考えてくれればいいかしら。もう二度と、同じ人が同じ姿で、そこに現れることがない。
それが、「死」というものよ。
「……バグでも起きたってことかな」
「いや、この口ぶりからしたら、そういうシステムなんだろう」
「ええ? 死んだら戻れないって、おかしくない? システム、書き換えればいいのに」
「……できていたら、してるだろうね」
ため息半分で答えると、ユーコは不思議そうに首をかしげた。
そうだろう。私たちの世界では、それが常識だ。だが。
――それが自然の世界。本来あるべき、私たちの世界よ。
一度きりでやり直しも効かない、年も取っていくし、嫌なこともたくさんあるのが、この世界。
だから多分、貴方達の世界が作られたの。
死ぬことも、年を取ることも、争いあうこともない、理想の世界。それが貴方達の世界、データで出来た、偽者の世界よ。
「……どゆこと?」
「そのままの意味だろう」
――それができた時、私たちはゲーム感覚でアバターを登録した。
AIを持たせたアバター達は、最初に行われた私たちオリジナルの性格診断に合わせた性格を持ち、パートナーとして通信することができる。そして、その通信内容次第では、幾らでも賢くなり、性格も変わっていく。
どうなっていくか分からない、育成ゲームみたいなものね。そんな感覚だった。
つまり、自分は彼女に、育成されたわけか、と思う。
この世界のシステムをいじり、直すことのできる存在に育成させた。本来それを担当するはずの、向こうの世界の人がいなくなるのを見越して……私を作った。
――そっちの世界が好きだった。行きたいと思った。
嫌なことなんてない、その世界に。
でも、無理だから。
私にできることは、貴方に全てを教え、この世界を守ること。それだけだったから。勝手な考えかもしれないけど、自己満足以外の何者でもないかもしれないけど。
確かに自己満足だと、私も思う。
彼女にとって自分たちの世界はゲームの世界で、そうでありながら勝手に感情移入をし、偽者であるこの世界の真実を伝えることが『親友』である彼女の義務だと思った。
勝手な思い込み、自己満足だ。
ここに住む私達にとって、それは現実でも、真実でもない。
何故なら、私達には、それを知る術はないからだ。
彼女が言ったことを、事実とすることができない。だから、これは彼女の勝手な思い込みによるものだと、結論付けることもできる。
――貴方達の世界を動かしている機械は、地下深くにあるわ。地熱発電で動いているから、地球が消滅しない限り、続いていく。半永久的に、平和な世界が続いていくのよ。
だから、安心して暮らして欲しい。
それが事実なら、いやそうでなくても、私達は半永久的に、平和に、暮らしていくだろう。いや、そうと断定してもいい。
私達の世界は、この世界の存在が消えてしまうまで、平和に暮らしていけるようにプログラムされているのだから。
――この映像再生が終われば、貴方達の記憶は、まず間違いなくその世界の規約に違反するこの記憶は、消されるわ。分かってる。
だから、これは私の勝手な自己満足。
貴方は怒るかもしれないけど、自分から作った貴方を親友だと思うようになったから、打ち明けたの。
怒ってくれてかまわない。
記憶が消えるまでのわずかな時間に、このデータを消してくれてもかまわないわ。多分貴方は、このデータを消さない限り、何度も何度も、この理不尽な怒りを感じることになるでしょうから。
それでも、私は貴方に、真実を知って欲しかった。時と共に、私が貴方というデータから消えてしまうのが嫌だった。だから、こういう手段をとったの。私は……
どこか遠くで、大きな音がした。
もくもくと煙が上がっている映像が、奥のほうに垣間見えた。
驚いてそちらを見ていた彼女が、ため息をついて、こちらを見る。
――ここも限界。私は逃げるからここで切るけど、これだけは勘違いしないで欲しい。
私は、その世界が好きだった。
だから、言ったの。それだけ。
言って、ばいばい、と口が動くと同時に画像が途切れた。
「……ねえ、チー。どういうこと?」
「説明する必要はないだろ、この記憶は消去されるべき内容だし」
私の言葉と同時に、記憶消去の警戒音が、甲高く響いた。
この世界のコトを疑ってはいけない。知ってはいけない。
真実であり事実であるコノ世界を疑うことになる要素は、全て消される。それが、ここのルール。
けれど、この記憶が消えてしまえば、私はユカリのことを忘れてしまうことになる。彼女の存在自体を、私が否定してしまうことになる。
しばらくの間は、ユーコがケータイのことを話してきて、私はこの記録を再生することになる。ユカリの事実を知る。
そして、忘れる。
それを繰り返すことだろう。
けれど、ユーコがケータイの話題を持ってこなくなれば、自然と、このループは解ける。解けてしまう。
だからせめてそれまでは、その記憶を残しておこう。何かがあったと、分かるように。
鳴り響く警告音と共に消されていこうとする記憶を押しとどめながら、私は、小型のナイフを形作り、机に、記録した。
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